1. トップ
  2. 園長のお部屋
園長のお部屋

第1回 風はいつもうたってる

2006.01.09

琉球新報2006年1月9日朝刊掲載

成人の日、おめでとうございます。20代の頃、50代は高齢だと思っていた。 しかし自分が50代になった今、体力の衰えは感じながらも小学生の頃と変わらない自分もあり 「そうか、いくつになってもたぶんこの種の自分は自分の内に存在し続ける自己なのだ」と思う。昔、父がいつまでも青春と言っていたが、なるほど今ならその意味を理解できる。心と形(言葉)のキャッチボール。下手な文章でも心が表せたらと思う。お付き合い下さい。

幼い頃から空をよく見上げる。虹ともよく会える。 忘れられない虹は娘がまだ幼かったあの日の思い出!所用で大宜味へ向かう路の途中で遭遇した。 西海岸沿いをクネクネと車を走らせていた時「あっ、あの山に虹が架かっている」と 山の斜面を指差すと夫も娘も「ホントだ、きれいだね」とはしゃいでいた。でもその虹はいつもと様子が違っていた。 たくさんの虹が近づいてくるようで、娘は「お母さん、今日は虹の橋をくぐれるかも知れないね」無邪気に喜んでいた。 私は心の中で「虹は光だからくぐれることは不可能だな」と思ったが、「そうだね、くぐりたいね。」と 娘の夢を壊さないように言葉を返していた。ところがどっこい!「えっ?うそ!もしかして虹の橋がホントに存在しているの?くぐれるの?」 私は運転しながら動揺していた。「くぐった!お母さん、いまくぐったよ」。私たちの車は何本もの虹の橋を幾度となく潜り抜けた。 それどころか「お母さん、虹が生まれてる・・・」と娘が指差した海岸線の海の中から虹が生まれて、山の中腹へと向かって架かっていた。 ボコボコボコと音が聞こえるようだった。虹が湧き出ているようだった。幻想的な世界に私たちは上気していた。

風のうたが聴こえますか?と自分自身に常に問いかけいつでもどんなところでも風のうたを聴いていたいと思っている。 しかし忙しさを理由に感性が萎え、言い訳でごまかす日々を送ったりしているとき、自然は大きな贈り物を贈ってくれている。 「風はいつでもうたっているよ」と・・・・・・